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昨、2日は、久し振りに、シネセゾン渋谷まで、11:45分からの『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:破』を観に出かけました。
第1部『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序(2007年9月)』の時は、渋谷駅と原宿駅の中間にある、アミューズCQNというマイナーな映画館で観ましたが、今回は、格が上の渋谷道玄坂、テアトル系の「シネセゾン渋谷」で上映されました。
11時ちょっと前に劇場に着き、指定席を購入したときには、未だ、スキスキでしたが、一旦表に出、早めの昼食を取り、本屋で時間を潰して、上映10分前に再び映画館へ戻ったときには、ロビーも切符売り場も人で一杯。
座席数:219に、最前列と左右を除き、完全に満席。
流石に若者ばかりで、切符売り場の女性に、何故か「アニメですが、よろしいですか?」と聞かれた理由が分りました。(笑)
物語:
ヱヴァンゲリヲン・フアンには叱られそうですが、映画の粗筋は、前回の『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版:序』と同じく、繰り返し繰り返し、手を替え品を替えて攻めてくる謎の生命体“使徒”を、地球側、NERVも手を替え品を替えた「ヱヴァンゲリヲン」で迎え撃ち、撃退していく、というお話し。
その中で段々と「ヱヴァンゲリヲン」の操縦者(?)、碇シンジ少年と、「ヱヴァンゲリヲン」自身が学習しながら成長して行きます。
果たして、「ヱヴァンゲリヲン」は最後まで“使徒”を撃退し続けられるのでしょうか。
第1部の時の解説を読むと、『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版』は、全4部作で、テレビでお馴染みのファンに、劇場版では、物語やアニメの質(CGの活用)などが、どう変わったのかを見て貰うのが一つの目的、だとか?
また、映画の中で、疑問に思ったことは、あまり詮索せずに、第4部まで見て貰えれば自然に分るようになっている、とも、書かれていました。
そして、この物語を初めて映画で観る人(私もそうですが)にも、十分理解して貰えるように構成されている由。
物語の筋書きは、今回の第2部から、テレビ版とは違うようです。
この『ヱヴァンゲリヲン 新劇場版』は、当初の宣伝では全4部作(第3部『エヴァンゲリヲン 新劇場版:急』と、第4部『エヴァンゲリヲン 新劇場版:?』)とのことでしたが、現時点での情報では、劇場公開は全3回で終了するようです。最後の、3と4は一つに纏められるのでしょうか?
今回観た映画には、エンド・ロールの後に、短い予告編があり、それによると、次回のタイトルは『エヴァンゲリヲン 新劇場版:Q』となっていました。
村上春樹に肖ったわけでもないと思いますが、『急』が、『Q』になりました。
しかし、この『Q』は“Quickening”(よみがえらせる)のイニシャルのようです。
それにしても、このところ、3回続けて、“ロボット大暴れ”の映画を観てしまい、いささか草臥れました。
2009/日本/
配給:クロックワークス
製作:株式会社カラー
エグゼクティブ・プロデューサー:大月俊倫、庵野秀明
総監督:庵野秀明
監督:摩砂雪、鶴巻和哉
企画・原作・脚本:庵野秀明
2009/06/27公開
蛇足(1):丁度、今夜(7月3日)の朝日新聞夕刊に、「しびれる映像の密度」というタイトルで、この映画の評論が載っていました。この評論家、小原篤氏が、何処まで理解して評論しているのか分りませんが、このくらいの評論を載せなくては、オタク度は評価されないのでしょうか。
蛇足(2):第1部と同様、やたらと、映像中に十字(架)が出てきます。何か、キリスト教との関連があるのかと気になりますが、もともと“EVANGEL”とは辞書で引くと、「(キリスト教の)福音」と書かれています。最後になって、キリスト教の宣伝映画だった、ということにならないように願っています。
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