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Akiさん早速にありがとうございます。
回路図をここに出すのはとても大変なものですから、他の方には分かりにくいAkiさんとの個人的な連絡になってしまって恐縮です。
今回のアドバイスはゆっくりと回路図を見て参考にいたします。
じつは昨日資料を見ていて気づきまして、接点を追加しました。
三六式全体図(D)の右下です。
受信機函の左側にK41、K42という接点がありますが、さらに右側にK41’、K42’を付加いたします。
どうやら受信機函の外側に切換用のハンドルのようなものがついていて、それを上にするとアンテナからコヒーラにはつながるが水銀開閉器への線は断になる(K41’、K42’が閉、K41、K42が開)。下にするとその逆になるような構造になっていたらしいです。
この外にも、わたしが見た資料には、説明や思出談として、受信機函の金属の蓋を閉めなければ送信機が働かないようになっていた――と受け取れる記述があります。
(先の解説はこの記憶を基に書きました)
だとしますと、K41、K42は蓋とも連動していた事になります。
ややこしいのですが、木村駿吉は送信電波が自分の受信機に入らないように、とても神経を使って設計していたことは確かのようです。三四式で懲りたのでしょう。
バルチック艦隊の無電機はそういう配慮が無いので壊れてしまったのだと、後々まで自慢話をしていたようです。
(といいましても電気の知識は未熟だし部品を製造する企業も無く素人が手作りするような時代ですから、今から見ると理解しにくい構造になっていたと思いますけど)
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